待ち合わせしたのは、南青山にあるちょっとレトロな喫茶店だった。
約束の10分前に到着すると、どうやらまだ来ていないようだった。俺は着ていたコートを脱いで、入り口が見える窓側の席に座った。
出会い系のように事前に写真を交換したりなどはなかったので、実際どんな人なのかは分からない。
42歳ということはツイートにあったので知っている。
あとは渋谷区在住だということも一応知っている。
まあいつものケースで、ぱっとしない中年女性が来るんだろうなと予想していた。
いい年になっても既婚者に絡んで不倫なんてしている中年の独身女性。魅力的な外見をしているわけがないだろうと。
多くはひどい若作りをする。年相応にふるまうことが出来ず昔の18歳と変わらないファッションをする。精神に疾患があるからなのか、10代半ばで成熟が止まっている。
1990年代の18歳の服装で現れたらどうしようと不安になってきた。
約束の時間の一分前にLINEのメッセージが届いた。
ち:「中にいますか」
ぽ:「いるよ」
そして店に入ってきたのは、予想に反して背がすらっと高く一目で美人と分かった。
身長は165センチくらい。
ベージュのノーカラーコート。
白いテーパードパンツ。
バーガンディのタートルネックのニット。
ニットと合わせた色のハンドバッグ。
たぶん、ヒールの靴。
俺なんかと会うわりにきちんとした服を着ていると思った。
糞むかつく男のはずなんだが。いつもオシャレにしている人なんだろう。
ぽ:「こんにちは。すぐわかったよ。」
ち:「はじめまして。あなたも想像通りの人ですね。」
ちさとさんは、俺に手土産をくれた。有名な和菓子店のもので、小さな包みに入っていた。
偶然、俺も手土産を持っていた。日本橋の店で並んで買った和菓子だった。
そのあたりは年相応の気配りはできる2人だったということだね。
ち:「あら。Twitterからは想像できない人なのね。」
ぽ:「セックスは断る男だけどね。」
ち:「ほんと、女に恥をかかせる人ね。」
和やかな雰囲気で面談は始まった。
なぜ会うことになったのかよく思い出せなかったけれど、1時間くらいお話をしてお開きにするつもりだった。
お互いの素性について言葉を交わしているうちに、このちさとさんに激しい違和感を覚えはじめた。
とにもかくにも、理屈っぽい。男の心理だとか、女の心理だとか、そんなことから始まり、しまいには「不倫は婚姻制度の矛盾への挑戦」だとか「女としての自由の謳歌」なんて言い出す。
申し訳ないけど、陳腐でうすら寒い。
1960年代のヒッピーじゃあるまいし。1990年代にこの手のノリの女流作家とかいたな。Twitterでもこういうのはいるね。
矛盾に挑戦しなくてもいいしな。不倫は不倫でしかないわけで。
しかしまあ、次から次へと理屈っぽい話を並べられるもんだよ。これってたぶん不倫相手の男がこの手の屁理屈マンなんだろ。男に影響を受けやすい安っぽい女だね。滑稽。
年齢が違うが、もしこれが若者だとしたら意識高い系ってやつかな。不倫に意識が高くなって、お仲間内でしか通用しないロジックと言葉で煽るようにしゃべる人たち。
まあ、とにかく依存心が強い女だということは分かった。
話題がセックスになってくるとさらにそれがヒートアップする。男性にとって、不倫のセックスというのがなぜ燃えるのか、俺に講釈してくる。
どうでもいいのであまり聞いていなかったが、ちさとさん曰く、「家庭を守る夫であり父親としての責任のプレッシャーから解放されたとき、男は最高のエクスタシーを感じる」のだそうだよ。
きっも(笑)吐くよ。
我慢できずに俺は言おうとした。
ぽ:「あのさ・・・」
でもこの手の人は必ず人の話を遮って話をする。
それでも言う。
ぽ:「別にエクスタシーはどうでもよくて、単純に奥さんがしてくれないことをするからいいんだよ。奥さんは公衆便所で立ちバックしないし、洗ってないちんぽしゃぶったりしないから。それでも不倫女は、しゅき~とか言うから都合いいだろ。バカな女で。男も男でとんだバカだよ。」
正論を言ってしまった(笑)
でもそんな俺の発言など耳に入らない。
ち:「そうよ?よく分かってるじゃない。女はわざとバカな女を引き受けているの。だから女は自由になれるの。」
やはりどこかの時代遅れなメルヘン女流作家が言うような陳腐なセリフ。女性の自立が半端で未熟だった時代の背伸びをした価値観から抜け切れていないんだろう。
それにこの人、会話のキャッチボールができない。
全体的に感じるのは、人生経験の軽薄さ、貧弱さ。
本来セックスって、20代のある時期に夢中になって、30歳を迎えるころには飽きているのが普通だ。
それを、40歳を超えて、しかも不倫なんかで興奮していること自体が人生経験の貧弱さ故なんだよ。
このちさとさんから感じるのは、セックスが単なる「行為」だと思っているんだろうなってこと。
モテないおっさんみたい。
セックスも人生経験も成熟した女性にとって、セックスとは行為じゃなく、感情なんだよ。雰囲気に酔うとかムードの意味ではなくて、行為そのものにはほとんど意味がないということ。
このちさとさんという女性が、Twitterで露骨で汚らしい性描写を好むのは、このあたりの感覚が強いからなんだろうな。
セックスを語る時、行為でしか語れない。
その程度の人生経験。
成熟した女性は、セックスを語ることはほとんどないし、あったとしてもそれは感情や関係性の話をする。行為の話はしない。
でもさ、こういう女性の汚らしい性描写って、共感する女性も多いんだよな。
若い頃に結婚したもののセックスレスが長かった人とかもそうだね。
結論として、ちさとさんに1ミリの興味も持てなかった。
裏垢おじさんにはさぞかしモテるだろう。同じ感覚の人達だからな。
何だか知らんけど、俺が会計を済ませお開きにした。
不思議なことにその帰り道、激しい頭痛に襲われた。気分が悪くなった。
むかし、知らない女とセックスをするとこんな体調になることが多かった。
こんなことを言いたくはないが、気持ち悪い。
真冬の寒い小さな公園に行き、ベンチに座ってコンビニで買ったコーヒーを飲んで落ち着いた。
このちさとさんは、俺にはちょっとありえないほど気持ち悪い体験だった。